2004年10月28日

パンツを脱ぐ、という行為

先日、ある人たちと飲んでいたら、「もう一回パンツを脱いでみたらどうですか?」という発言がありました。

言われた人は、才能ある映像作家です。でも、もう10年くらい、新作を作れないでいます。今は生活のためにクリエイティブとは無縁なガテン系の仕事をしています。
言った人は彼の熱烈なファンです。彼もまた、ガテン系の仕事で身を立てています。

「パンツを脱ぐ」って、何でしょう。

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2004年10月27日

苦しんでいる人がいるときに

毎日、つらいニュースが飛び込んできます。
新潟の皆さんはどんなにか不安でつらかろうと思います。

ほぼ日では糸井重里さんが工場にストックしていたハラマキを送る決心をなさったようです。


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2004年10月25日

永遠の少女

金曜日、いそうろうちゃんの芝居の帰り、一緒に芝居を観た友達と飲みました。
途中からいそうろうちゃんも加わり、3時くらいまで。

楽しかったなあ。4年ぶりに会った人なんかもいて、刺激的かつ心なごむ時間が気持ちよく、いつまでも一緒にいたかった。当然ながら肉体の限界が来てしまい、帰らざるを得なかったのですが。


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2004年10月11日

弟のこども

私には二歳年下の弟がいます。あきおちゃん。(仮名)
三十代後半の二児の父です。

弟のことは、いつも「ちゃん」付けで呼んでいますが、弟はそれをものすごく嫌がっています。理由はいい年の男をちゃん付けするな、っていうことと、お前は昔、俺のことをアキオ!って呼び捨てだっただろうが。ということ。

私は鬼のような姉で、弟のミルクを勝手に飲んだり、幼い弟の手に鉛筆を突き刺したり、いじめ放題でした。

幼い頃のことだから、姉は覚えていません。でも、もっと幼かった弟は覚えているそうです。弟の手の甲には、私が刺した鉛筆の芯が、今も残っています。

かわいそうだなあと思います。どんなに痛かったか、怖かったか。そして弟は私にもっとかわいがってほしかったろうと思います。

できることなら私は小さな頃に戻って、弟をかわいがりたいと思っています。なのでつい、あきおちゃん、とちゃん付けで呼んでしまうのかもしれません。

弟のこどもが生まれたとき、そしてその顔をはじめて見たとき、私はものすごく嬉しかった。
これは弟だと思いました。
弟がもう一度小さくなって生まれなおしてきて、私にもう一度、弟をかわいがるチャンスをくれたんだと。
あれこれお祝いを贈った記憶もあります。

しかし、弟のこどもはもちろん弟ではなく、私の甥でした。
めちゃくちゃ変わった子で、異常に数字好き。私が甥を喜ばせようと必死で練習していったアンパンマンの絵には無反応なのに、「7」とか書いてやると狂気していました。

後に生まれた弟の次男のときは、嬉しかったけど、弟の生まれ変わりとかいう異常な感動はありませんでした。

そもそも弟はまだ生きてるのに生まれ変わりって。
自分ながらばかだなあ、と思います。
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2004年09月30日

イミテーション・バード

カナリヤの話を知っていますか?カナリヤって、一羽だけで飼っていると死んでしまうのですってね。さみしくて。
どこも悪くないのに、たださみしいというだけで、命がなくなってしまう。

でも、いろんな都合で複数飼えない場合だってあるでしょう。そんなとき、偽もののカナリヤと一緒に飼えば、死なないのですって。ペットショップには普通に売ってるんですって。

ばかだなあと思います。偽のカナリヤを友達だと思って、寄り添うカナリヤ。硬くて冷たい、動かないその鳥が、仲間のわけがないのに。
悲しいなあと思います。そんなものに騙されて、生きる希望を持ってしまう、おろかなカナリヤ。
ほんとは少し、気づいているのじゃないかとも、思います。

このページは『カナリヤな日々』というタイトルです。私はどこか遠くの、おばかでかなしい、ひとりぽっちのカナリヤを思って、このタイトルをつけました。
その人にとって、私は偽のカナリヤにすぎない。でももしかしたら、今日を生きのびる手助けができるかもしれない。

私もまた、ひとりぼっちのカナリヤなので。

posted by kanaliyahouse at 19:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 大切なこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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