2013年12月26日

年越し、ということ

四人のサンタさん

仏教部の忘年会のデザートについていたサンタさん。
食べても美味しくないということで、みんな食べなかったのですが、お店に聞いたら、捨ててしまうというので、かわいそうになって、お土産としてもらってきました。

女性陣は私と同じように持って帰ったのですが、男性陣はいらないとのこと。
それで、その方たちの分も貰ってきました。

お部屋にかわいく飾るだけでは飽き足らず、この写真をフェイスブックにアップしたらば、Nさんから、「あと二人足したら、笠地蔵ごっこができるね〜」なんてコメントをいただき。

笠地蔵ってどんなお話だっけ?
とググってみたら。。。。




http://hukumusume.com/douwa/pc/jap/12/31.htm

笠地蔵とは、
ある大晦日の晩、貧しいおじいさんがおばあさんと笠を作り、売りに行く途中でお地蔵さまに出会い、売り物の笠を全て差し上げてしまうお話でした。

お地蔵さまは六人で、笠は五個。足りない分は、おじいさんが被っていた笠まであげてしまって。

おじいさんとおばあさんは笠を売ったお金でお正月のお餅を買うつもりでした。
おばあさんは、良いことをしたと、手ぶらで帰ってきたおじいさんを褒め、二人はにこにこと眠ってしまいます。

翌朝、目が覚めると、家の前にお餅やごちそうが山のようにありましたとさ。

めでたし、めでたし。



でも。。
なんとなく気になって、ほかのページも読んでみました。

http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/d09b37c4121a753efc6a0817602c5ca2


そこに描いてあったのは、全く別の角度から見た笠地蔵。

貧しい、とされる、おじいさんとおばあさんの状況は、私が思っていたものとは、別次元でした。

年越しの晩に食べるものがない、ということは、お餅だけじゃなく、ありとあらゆる食べ物がないということ。
笠も売れず、手ぶらで帰ってきたということは、餓死の危機を意味している。


私は思いました。
もしかしたら、笠地蔵の物語は、おじいさんとおばあさんが死のきわで見た、最後の夢かもしれない。。
と。


今の日本は、とても豊かで、年越しができずに餓死するなんて、よほどのことがない限り、ないと思います。
けれども、かつては、年越しできるかどうかが、今よりずっと切迫した問題だったのですね。。

年を越せない、という言葉は今でも使いますが、昔のそれは、文字通り、命に直結するものでした。





もうすぐ大晦日。
一体、いくつの大晦日を経て、今、ここに至ったのだろうと思います。

きっと、笠地蔵のおじいさん、おばあさんたちのようなひとが、この国にはいっぱいおられたんだろうな、と。

その人たちが繋いでくれた命の果てに、今の日本があるのだろうな。
そして、この先、私達の大晦日が、未来の、どんな大晦日につながっていくのだろう。


私はひとりで暮らしていますが、一年のどんな日もひとりぼっちでさみしくないのに、大晦日と元旦だけはさみしいんですね。
大晦日の感謝を、元旦の喜びを、家族と一緒に味わいたい。
そういう気持ちがあるんです。

それは私という遺伝子の中に組み込まれた、見も知らぬ人々の、多くの大晦日の記憶が、そんな風に感じさせるのじゃないのかなあ、なんて、思ったりしました。



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posted by kanaliyahouse at 16:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 大切なこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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