2010年01月24日

木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン 東洋と西洋のまなざし


決定的瞬間昨日、恵比寿の東京都写真美術館に行ってきました。
「木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン
東洋と西洋のまなざし」
という展覧会を見るためです。

木村伊兵衛さんとアンリ・カルティエ=ブレッソンさん、お二人とも有名な写真家で、そしてお二人とももう亡くなっています。

写真は、アンリ・カルティエ=ブレッソンさんの「サン=ラザール駅裏、パリ」という、1932年の作品です。まるで、絵画か影絵みたい。まさに決定的瞬間。

亡くなった方の撮った写真、しかも白黒写真は、それがご本人とは関係のない被写体であっても、なんだか全て遺影みたいだなあ。。なんてことを感じながら見てきました。





作品は1936年〜1973年に撮られています。
実際、被写体になった人たちのうちには、今はもう、亡くなってしまった方もいるんだろうと思います。
人だけじゃなく、町や、風景も。

私の胸に特に強く残っているのは、1952年〜1954年の東北の人々の普通の生活を撮った作品群です。
1964年生まれの私にとって、自分の生まれる、ほんの10年前の日本の姿が、そこにありました。

たらいの中に入れられ、声を上げて泣いている赤ちゃん、仲間たちとの宴会でギターを弾く若い男、粗末な畳の上で一心不乱に母親の乳首に吸い付くこども。。

そこから感じ取られる生活ぶりは、今とは比べようもありません。
でも、たとえ豪華でなくても、木の床はピカピカに磨き上げられ、道ばたも清潔で、なんというか、生きていく誇りみたいなものを、感じずにはいられませんでした。

普通のひとたちの普通の暮らしぶりを撮った写真のほかに、著名人の写真も並んでいました。

サルトルやジャン・ジュネ、ココ・シャネルにカポーティ。日本のひとでは、横山大観や谷崎潤一郎など、ほかにもたくさん。

有名なひとだと、きちんと名前つきでその姿が残される。
だけど、歴史のほとんどは、名も知らぬ多くのひとたちの血や涙が作ってきたのだ、なんてことを思いました。



木村伊兵衛アンリ・カルティエ=ブレッソン




posted by kanaliyahouse at 17:20| Comment(2) | TrackBack(0) | アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
深い写真だよね。
私もブレッソンさんの写真は好きです。
恵比寿に行きたいな〜と思ってたところでした。
なんかちょっと垣間見れた気がしてよかったです。
ありがとう。
Posted by あきかわ at 2010年02月01日 22:19
♪あきかわさん、コメントありがとうございます。

写真って、とても不思議。
自分じゃないものを写しているのに、どうしようもなく、撮った本人が現れてしまう。。

もしかしたら、絵画よりも、本人が出てしまうものじゃないかしら。。と思います。

もしもブレッソンが生きていたら、撮ってもらいたい。私は写真に撮られるのが苦手なんですが、彼になら、撮られたい。きっと、私の知らない私を、撮ってくれる気がする。

恵比寿にあなたと行きたいと思っていたので、コメントもらって嬉しかったです。
Posted by kanaliya at 2010年02月03日 22:07
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