2007年09月30日

黒いカナリヤ 2

ここ数日、こんなんじゃダメだ、と思う出来事が続発しています。

えっと、私は今42歳なんですけど、あと2ヶ月で43歳になります。たぶん、42歳のうちにやっておかないといけないことが、私の中にあるんだと思います。

この時期に『黒いカナリヤ』をひとに読んで貰いたい、と思い始めたことも、きっと関係があるんだろうと思います。




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黒いカナリヤ 2




誰が見ているわけでもないのに笑顔で武装している自分が滑稽だと思った。

ぴしゃりと窓を閉め、ベッドから降りてマグカップをテーブルの上に置いた。白いワッフル生地に青い小花を散らしたパジャマを脱ぎ、Tシャツとジーンズに着替えた。洗いざらしの生地は柔らかく、そして少し冷たかった。こんなことで、気持はほんの少しだけれど、しゃんとした。

そうそう靴下も履かなくっちゃあとテレビ台と机と洋服タンスを兼ねたサイドボードの引き出しを開け、靴下を出そうとした。が、中身がひっかかって簡単には開かなかった。もともと洋服用ではない薄い引き出しに、これでもかというほど靴下やタオルを詰め込んでいたからだ。こころもち下にひっぱるように角度を調整しながら引き出しを開け、黄色と黒の縞の靴下を出した。

綿の靴下に包まれた足は、素足よりずっと気持がいい。汗とか老廃物とか脂とか、自分のからだから出る汚くて臭いものを、清潔な繊維が優しくひきとってくれる気がした。
穢れをもの言わぬ綿の靴下に押し付けて、自分はさらさらと過ごすことができるのだ。

二年ほど前までの由貴子なら、休みの日は必ず小説を書いていた。十三年前、由貴子が故郷を出て、誰も知らない東京に来たのは、小説家を目指してのことだった。小説なんか、どうせ家で書くのだし、福岡で書いたっていいじゃないかと言われるのがわかっていたから、誰にもほんとうの理由は言わなかった。

あの頃の由貴子は、いつも書いていた。
まず、朝五時に起きて出勤時間ギリギリまで書く。お昼休みもお弁当を食べながら書き、極力定時退社して一目散に帰宅し、寝る直前まで書き続ける。

仕事はずうっと派遣。いつデビューが決まって会社を辞めなきゃならなくなるかわからないから、常に身軽でいたかったのだ。

小説の書き方を学びたくて学校にも行った。いや、今だって一応籍は置いている。有名出版社に勤めていたという、その道のプロが先生の、実践的な学校。一クラス七、八人のゼミ形式のその教室に、二週間に一度、十三年間通い続けていた。

最初は緊張して、批評される順番が回ってくる度、からだが震えた。けなされればぺしゃんこになり、ほめられれば天にも昇る心地になった。当然だ。書くことが由貴子の、全てだったのだから。

でも……

プロにはなれないまま、十三年が過ぎた。もう四十歳だ。もしかしたら、一生作家になれないまま、人生が終わるのかもしれない。

ぞくりと寒気を覚え、由貴子はテーブルの脇に乱暴に脱ぎ捨ててあった赤いフリースを拾い、袖を通した。この頃、急に寒くなったり暑くなったりする。

状況は何も変わらないのに、からだだけが変化していく。以前は一週間くらいは続いていた生理が、二、三日で終わるようになった。痛みも減ったけれど、量も減った。こないだじっくり鏡を見てみたら、頬骨の上にお醤油をこぼしたようなしみができていた。

プロになるつもりだったから、由貴子は派遣以外、何もやってこなかった。派遣なんて、何のキャリアにもならない。所得も低い。当然、貯金なんかない。仕事を辞めても退職金もない。年金だってもらえない。

書くこと以外、何にもやってこなかった。将来のこととか、年をとることとか、なんにも考えてこなかった。そんなヒマはなかったのだ。夢を目指すのに忙しかった。将来なんて、夢を叶えさえすれば、なんとでもなると思っていた。けれど。

二ヶ月後、ついに由貴子は四十になる。

このまま何も形にできないまま、五十になり、六十になり、七十になるのかもしれない。

恐い、と思った。

このまま書き続けていくことが。
書き続けて、結局何者にもなれないまま、消えていくことが。

そう思ったら、書けなくなった。

もちろんいきなり一枚も書けなくなったわけではない。だんだん、分量が減っていった。減っていくと、才能が目減りしてるみたいに感じて、ますます恐くなった。恐さが増すと、さらに書けなくなってしまった。ほとんど書けなくなって、二年が過ぎていた。

しかし、だからと言って、生活を変えられるわけではなかった。相変わらず、仕事は派遣だし、東京での一人暮らしもやめられない。一体自分は何をしたいんだろうと思う。ほんとうは作家になんて、なりたくはないのじゃないかと思う日もある。ほんとうは何かになりたいとか、そういうのはどうでもよくて、ただ故郷とは違う都会で、誰の干渉も受けず、ぶらぶらと生きたいだけなのではないか。

そして、もしもそうなら。
生きている意味なんて、あるのだろうか。

もう一度、携帯電話の着信画面を開いた。サヤから一通。ももこから二通。起きぬけに見たときと変化はない。問い合わせボタンを押してサーバーとつなぎ、メールが来てないかどうか、チェックする。

・・『新しいメッセージはありません』という文字が、乾いた風になって由貴子のこころをなでた。

由貴子は口角を上げた。そして、自分は大丈夫だと言い聞かせた。

黒い欲望が、ぶわっと口を開けて、由貴子を頭から丸呑みしそうだった。由貴子は、ぎゅっと目を閉じ、欲望の波がおさまるのを待った。

深呼吸して、目を開けた。サヤとももこに返信しよう。
そう思って、サイドボードの上に、テレビと並んで置いてあるノートパソコンに手を伸ばした。携帯からでも返信できるのだが、あんなちっぽけな画面に、親指一本で打つのはしんどい。

長時間書いても疲れないために買った、オフィス用の椅子に腰掛ける。ファファファファン、と音がして、真っ黒な液晶画面に光が点る。ふっと、「音」というものを今日はじめて聞くのだと気づいた。

パスワードを入力して、矢印ボタンを押す。

kanaliya

カナリヤ。由貴子のパスワード。メールアドレスもカナリヤだ。もうひとつの自分の名前だと、由貴子は思っていた。

サヤにメールを書いて、送った。ももこにメールを書いて、送った。

サヤは八年くらい前に、ちょっとだけ通ったテニスサークルで出会った。ももことは二年前に、パソコンスクールで知り合った。ふたりとも、由貴子の話をうんうんと聞いてくれる優しい友達だ。

メールを送った瞬間に、今すぐ会いたいと思った。簡単なことだ。ふたりにメールすればいい。メールの返事がすぐに来なければ、携帯にかけてみればいい。

でも、それは違うと思った。
それでは何も埋められない。だって由貴子はサヤに会いたいんじゃない。ももこに会いたいんじゃない。孤独なのがつらいから、誰でもいいから他人に会いたいだけなのだから。

由貴子はインターネットエクスプローラを立ち上げた。

                    続く


posted by kanaliyahouse at 14:58| Comment(10) | TrackBack(0) | 黒いカナリヤ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
これは、kanaliyaさんの小説なんだ!と思って読ませて頂いています。

私には無い才能なので、その辺から興味深いです。どうして小説が出来上がっていくのか、お勉強させて頂けそうで楽しみです。

ところで、これはkanaliyaさんの私小説なのでしょうか?
Posted by red_pepper at 2007年09月30日 17:40
♪red_pepperさん、コメントありがとうございます。

はい。
これは私の私小説です。
事前に読んでもらった作中人物のひとりである友人は
「よく知ってる事実がそのまんま出てくるからつらい」
と言っていました。

私小説は書いてる本人は、まあいいとして、家族や親しい友人にはきついものだと思います。

彼らにはほんとうに申し訳ないと思いつつ、わがままを言って、この場に掲載することを許してもらっています。

1年前、この小説を書き上げてある賞に応募しました。その当日、red_pepperさんからいただいたコメント、よく覚えています。
そして、こうしてこの場所にアップしようと思った動機のひとつになりました。

続きは毎週日曜日にアップしてまいります。
Posted by kanaliya at 2007年09月30日 19:13
黒いカナリヤを読んでいて、ふと子供の頃のことを思い出しました。
隣りの隣りに住んでいた小学校か中学校の教諭。
ある日突然「芥川賞」を受賞しました。高橋揆一郎という人です。
しばらくは報道の人が訪れたりして賑やかでした。
ただ、子供心に受賞前後で随分と人が変わったような気がしました。
子供だから分からなかったのですが、変わるのは当たり前ですよね。
Posted by げら at 2007年09月30日 21:05
♪げらさん、コメントありがとうございます。

えええっ!
す、すごい、ご近所に芥川賞作家が突然誕生なんて。。

>ただ、子供心に受賞前後で随分と人が変わったような気がしました。

まあ、それは果たしてよい変化だったのでしょうか。それとも悲しい変化だったのか。

今、調べたら、今年お亡くなりになった方なのですね。どんな晩年だったのでしょうか。。
Posted by kanaliya at 2007年09月30日 21:42
うわっ・・・本当だ、お亡くなりになっている・・・。
気になってウィキペディアで調べたら、イラストレーターだったなんて知りませんでした。ず〜っと奥様は教員をしていると言ってましたから・・。
それはそうと、受賞前は気軽に挨拶を交わしてくれてましたが、受賞後は挨拶しても返事は返らなくなりました。それと、受賞前はバカボンのパパのような姿で出歩いていたのに、受賞後はベレー帽とパイプタバコで洋風に変身されました。
服装が変わるのは良いとして、挨拶しなくなったのがどうしてもひっかかりましたね。
Posted by げら at 2007年09月30日 22:55
♪げらさん、コメントありがとうございます。

ご近所のこども?少年?がきちんと挨拶してるのに、返事をしない芥川賞作家。。。か。。

ひとの見方はいろいろでしょうが、ベレー帽とパイプタバコ以外のものもひとは見てくれている、ってことですかね。

賞を取って、こころの余裕がなくなったのかな。。それは誰にでもあることで、とても難しいことですが。。
Posted by kanaliya at 2007年10月01日 06:26
kanaliyaさん

ずっと拝見しておりましたが、初コメです。
初めまして よろしくです。
転職も完了し、小説も順調に進んでいるようですね。
基本、好きなことを継続していくのは幸せなことですよね。
是非頑張って下さいね。
Posted by Terry at 2007年10月01日 11:49
♪Terryさん、コメントありがとうございます。

まあ。。。
ずっと見てくださっていたのですね。
ありがとうございます。

こないだの「黒いカナリヤ」の第一回目も、ずっと見てました、初コメントです、という方がいらしてくださって、感激したのですが、またまた感動です。。。

2回目をアップするときも、やっぱり躊躇しました。文章は時に暴力になる。
これは自己満足のための暴力行為ではないのか?と投稿ボタンを押す寸前まで迷いました。

Terryさんからコメントをいただけたことで、少し安心しました。
ありがとうございます。

Posted by kanaliya at 2007年10月01日 18:32
なんか寂しいですね。
読んでいて寂しく感じました。
みんな仕事して明るく悩みがないように見えるけど、こういう寂しさを抱えて生きているんだなぁと。。。。
わたしもそうだったなぁ
共感できます
Posted by nakamama at 2007年10月03日 21:38
♪nakamamaさん、コメントありがとうございます。

>わたしもそうだったなぁ

明るいところも本当だし、寂しいところも本当。
だから人間は面白いし、素敵なんだろうと思います。
(あ、作中人物の由貴子さんは私なので、自分のことを素敵なんていうつもりはありませんけどね。汗)

nakamamaさんは今はスーパーおかあさんですが、都会の孤独OLさんだったこともあるんでしょうか。。
nakamamaさんの中にいる、さみしいもうひとりのnakamamaさんに、いつか出会ってみたいなあと感じました。
Posted by kanaliya at 2007年10月03日 22:05
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