2007年09月23日

黒いカナリヤ 1

1年前の6月。
私は台湾に行きました。
台湾に留学中のSS子に会うために。

どうしてSS子に会いたかったかというと、ある小説を書きたかったからです。
私がインターネットで日記を書き始めたころの物語。
SS子はその物語に欠かせないひとでした。

彼女に会って、書いてもいいかどうか訊ねること。

そして、彼女とたくさん話をすること。

このふたつの目的のために、私は台湾に行きました。
SS子がいるところなら、どこへだって行ったと思います。

そして、彼女は快諾してくれました。
台湾から帰って、私はこの小説を書き上げ、ある新人賞に応募しました。結果は落選。

思いを込めすぎたのがいけなかったのかもしれません。

でも、時がたつにつれ、私はこの小説を誰かに読んでもらいたい、と思うようになりました。

誰か。
ううん。
この日記を読んでくださっている方々に。

思えば私はこの小説を書いている間、ずうっと、この日記のことを考え、この日記を読んでくださっている方々のことを思っていました。

かなり重くて、生々しくて、読むのが苦しいような小説だと思いますが。。

長いので、これから毎週日曜日に、少しずつアップさせていただこうと思います。
今日はその第一回目。

タイトルは「黒いカナリヤ」です。


******************************

黒いカナリヤ 1

都内のアパートの一室で、由貴子は目を覚ました。

夢から遮断されて現実に戻ったとき、胸のもやもやが空気に散っていく感触があった。布団から出るとひんやりする。ああ、この感じは久しぶりだと思った。昨夜だって寝苦しいほどの残暑だったのに、朝になったら空気が違う。9月ももうすぐ終わる。じきに秋が来る。いや、もう既に秋なのかもしれなかった。

起きると同時に携帯のメールを確かめた。友達のサヤから一通、ももこから二通。読まずに電話の着信履歴画面を開いた。愛ちゃんから深夜に二回。その次に新しい着信は三日前にアツオからもらったものだった。

やかんに水道の水を入れ、電気コンロにかけた。そして顔を洗いにいった。メールも電話も、返事は後でいい。


赤いポッチのついた蛇口をひねると、熱いお湯がちょろちょろと出た。隣の青いポッチもゆるめて水も出し、温度を調整する。洗面台は石けんカスがこびりついて汚れていた。洗面台にためたお湯を使うと汚れが顔につくような気がして、両手を蛇口の下に置いて空中で新鮮なお湯をキャッチした。じゃぶじゃぶ顔を濡らし、トイレの水タンクの上に置いている石けんに手を伸ばした。

サヤがなぜか画廊で買ったという手作り石けん。山羊のお乳で作った、うっすらベージュの石けんはあんまり泡立たず、水に浸けると力尽きたようにとろんと溶けた。今の流行は細かいクリームのような泡をたっぷりと顔につけてふわふわと洗うことだそうだが、いくら泡立てても、山羊の石けんは力なくとろとろと溶けるばかり。仕方なく、ホットケーキのたねみたいな石けん溶液を顔に塗りたくった。


顔を洗った後は何もしない。化粧水もつけない。以前は深海鮫の精巣から摂ったエキス入り美容液やら、一番絞りのオリーブオイルやらをせっせと調べて大枚はたいて買っていたものだが、何もしなくなった。昔は努力すれば私だって美人になれる、いや美人でなくても今よりは美しくなれると、由貴子は信じていたけれど、何もしなくても大差ないと、ここ数年しみじみと思うようになった。三十九歳。もうすぐ、四十歳になる。


ユニットバスから出ると、やかんがしゅんしゅん音を立て、もうもうと湯気を吹き上げていた。空色に花模様のマグカップに熱い珈琲を入れた。

このマグカップはもう十三年も使っていた。
由貴子が東京に出てきた最初の年の最初の職場で、誕生日にもらったものだ。

マグカップをくれたおねえさんは三十歳だった。
まだ二十代で念願の東京に出てきたばかりで調子に乗っていた由貴子は、彼女のことを、三十歳にもなってまだ独身で、ちっちゃい会社でつまらない事務をして、なんてつまらない人生を送ってるひとだろうと密かに思っていた。

けれど、今の由貴子は当時の彼女より十歳も年をとってしまっていた。そして彼女と同じように独身で、彼女と同じようにつまらない事務仕事をしている。いや。彼女は正社員だったけれど、由貴子は正社員ですらない、フリーターに毛の生えたような派遣社員なのだから、もっとみじめなのかもしれなかった。

花模様のマグカップを片手に持ち、飲みながら部屋へ戻った。シングルベッドに膝をつけ、カーテンを開けて、窓を開けた。ひんやりした風と十三年間見慣れた町並み。鏡を見なくても、由貴子には自分が今、どんな顔をしているかわかった。
口角を上げて、自分を励ましてみた。


九月二十三日。何の日かは忘れたけれど、祝日。
せっかく会社に行かなくていい、自由な日のはずなのに、由貴子にはこの部屋の他に、行くところがなかった。


                                   続く


posted by kanaliyahouse at 18:17| Comment(18) | TrackBack(0) | 黒いカナリヤ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
早速拝読させていただきました。
読んでいると部屋の雰囲気が頭に浮かんできます。あくまで想像でしかないのですが・・・。
この小説は現実と非現実が絡み合ったものなのでしょうか?それともフィクション?
次号以降も楽しみです。
Posted by げら at 2007年09月23日 21:58
♪げらさん、コメントありがとうございます。

ああ、よかった〜
こんな長くて重いの、誰も読んでくれねーよって思ってたのです。
よかった〜読んでもらえて〜

>この小説は現実と非現実が絡み合ったものなのでしょうか?それともフィクション?

えっと、私の目から見たノンフィクションです。
でも、私の想像で書いた部分もあるし、脚色して小説として読みやすく整えた部分もあります。
次回は次の日曜です。
Posted by kanaliya at 2007年09月23日 22:26
書いてもいいか尋ねるため、たくさん話をするため、
遠路台湾まできてくださったのでしたね。
本当に小説に対する真摯な姿勢だと、感服したものです。
来てくださったことも、書いてくださったことも
心からありがとうございました☆
Posted by SS子 at 2007年09月23日 22:34
♪まあ、SS子さん、コメントありがとうございます。

勝手に、ひとりよがりな理由で押しかけてきた私を快く受け入れてくださったSS子さんに、あのときも今も感謝しています。

ひとの思いをぶつけられることは重いし、きつい。
けれど、それを穏やかに受け止める強さがあなたにはあると思います。

だから、私はあなたのことを書きたいと思ったのかもしれません。

あなたに見ていただいた作品は縦書きで明朝体の印刷でした。こうしてWEBで横書きでゴシックだと、だいぶ印象が変わるでしょ?
別の小説みたいだなあ、と、今日、この画面を眺めながら、しみじみ感じました。
Posted by kanaliya at 2007年09月23日 23:09
kanaliyaさん、こんばんは。
今まで拝見してきたkanaliyaさんの日記から得たイメージと、今回の文章はほとんど重なってみえます。
SS子さんとの関わり合いがどのように展開していくのかまだ分かりませんが、「黒いカナリヤ」のタイトルからして、いくらか想像を膨らませることはできます。
日曜日、楽しみが増えました^^ 
Posted by sekisindho at 2007年09月24日 00:20
kanaliyaさんの素顔を拝見しているから、どんな黒いkanaliyaさんなのか毎週楽しみにさせていただきます。(笑)

私の方は、ネタにつまって更新頻度落ち気味ですが、まだまだやめる気はないので、細々書いていきます。

ここを発表の場にして、新たな作品もどんどん書いていって下さいね。
Posted by メガヒゲ at 2007年09月24日 01:26
♪sekisindhoさん、コメントありがとうございます。

>今まで拝見してきたkanaliyaさんの日記から得たイメージと、今回の文章はほとんど重なってみえます。

あ、そうですか。
それはよかった。
私は現実の私を知ってるひとから、「日記のあなたと実際のあなたはだいぶ違う」って、よく言われるので。。

いったい何回くらいの連載になるかよくわかりませんが、よろしくお願いいたします。
Posted by kanaliya at 2007年09月24日 08:09
♪メガヒゲさん、コメントありがとうございます。

日記もある程度の期間を過ぎると、毎日日記を書く、という縛りが溶ける時期が来るように思います。
そしてもう一回、仕切り直して、新しい日記とのつきあいかたを見つけるんだろうと思います。

Posted by kanaliya at 2007年09月24日 08:15
はじめまして。
「カナリヤの毎日」の隠れファンです♪
何度か勇気を出してコメントしようかなぁ〜と
試みたこともあるのですが、現在に至ります。(笑)

検索で辿りついたと思うのですが、
何の検索でか、いつ頃からかは忘れてしまいました。(汗)

でも、一目見てまた読みたいと思って
その時IEにお気に入りに登録していたんです。
それ以来ブログが更新されている度に楽しく読ませて頂いてます♪
心の中で応援していました。

アロマの講習会もすごく興味があり、
参加したかったなぁ〜とか思っていたりしていました。
多分住んでいる場所もそう遠くない場所なのかなと。

> この日記を読んでくださっている方々に。

この言葉で、コメントしてみようかなと思った次第です。

「黒いカナリヤ」を拝見させて頂きました。
kanaliyaさんの文章は私の心の中にすっと入ってきます。
来週も楽しみにしていますね☆
Posted by ぴーす♪ at 2007年09月24日 16:40
「黒いカナリヤ」ですか
「黒」という字は「悪」のイメージが強く感じますが、、一体どのように話が進んでいくんでしょう??
東京で一人暮らししていた頃の自分とオーバーラップして読んでいました。
続きが楽しみです
Posted by nakamama at 2007年09月24日 19:24
一つ一つの風景が目に浮かぶようです。

まだまだ序盤…。
この先もどんな風景が描かれるのか、毎週楽しみにしています。
Posted by paprika at 2007年09月25日 00:30
するすると読めましたよ。日曜日が楽しみです!!
アロマティック占星術ライフも更新が楽しみですし。えへへへ。カナリヤさんに楽しみを貰っていますのよ♪

カナリヤさんを知っているからかも知れませんが、情景もとっても浮かびますし、あと好きな所が 
”赤いポッチのついた蛇口をひねると、熱いお湯がちょろちょろと出た”なんですよ〜〜。凄い印象に残っていてお風呂掃除をしたり、湯船に浸かっている時に思い出すんですよ。変な観点でゴメンナサイ。笑

エキス入りの美容液の話やら、三十歳のお姉さんのお話やら、笑ったりちょっときゅんときて、、今よりも血気盛んで若かりし自分を思い出したり・・・。
とにかく、日曜日も楽しみです☆
Posted by ブウ at 2007年09月25日 17:17
♪ぴーす♪さん、コメントありがとうございます。

>検索で辿りついたと思うのですが、
何の検索でか、いつ頃からかは忘れてしまいました。(汗)

まあ。。。
たくさんのネットの海の中から、私たちは巡り会ったのですね。
そして、ずっとみてくださっていたのですね。。。

ありがとう、ありがとう。。
うれしいです。

ほんとは「黒いカナリヤ」をネットに載せるのは、とても恐かったし、迷ったのですけど、やってよかったと思いました。

>多分住んでいる場所もそう遠くない場所なのかなと。

あらあ〜、そうなんですか。
じゃあ、もしかしたら既にすれ違ったりしているかもですね。
そう思うと、道ばたでも愛想良くしとかなきゃ、と焦る私です。(照)

今後ともよろしくお願いいたします。
Posted by kanaliya at 2007年09月25日 19:34
♪nakamamaさん、コメントありがとうございます。

そうですね。
私も「黒」は「悪」のイメージ。

昔、人造人間キカイダーっていうのがあったの、覚えておられます?
キカイダーはブルーなんですけど、敵がハカイダーって奴でまっくろなんです。

ハカイダーを見てから、私の黒のイメージは悪。
暴力的で、救いがなくて、悲しい。
Posted by kanaliya at 2007年09月25日 19:38
♪paprikaさん、コメントありがとうございます。

はい〜
まだまだ序盤です。

この小説は2年以上前に書き始めたのですけど、今回、アップした部分をまず、六本木のライタースクールに持っていったんです。

あの時はまだ、ライタースクールの先生はご存命で、これはいいから、どんどん書きなさい、みたいなことを言ってくださって。。

昨日のことのようなのに、記憶の中にいる大切なひとがもういない。
そんなことも考えつつ、続きをアップしていきますね。
Posted by kanaliya at 2007年09月25日 19:45
♪ブウさん、コメントありがとうございます。

>好きな所が 
”赤いポッチのついた蛇口をひねると、熱いお湯がちょろちょろと出た”なんですよ〜〜。

えええ〜
なんでまた〜??
面白い〜

ほんとは誰も読んでくれないんじゃないかしらと怯えてたんですが、こんなにみなさん、読んでくださって、ほっとしています。

ああ、よかった☆
Posted by kanaliya at 2007年09月25日 19:55
これから日曜日が楽しみだわ。

遅くなったけど、アズールとアスマールの紹介ありがとう!!
Posted by ふくろう at 2007年09月27日 11:56
♪ふくろうさん、コメントありがとうございます。

あ☆
「アズールとアスマール」ご覧になったのですか?
超〜いいでしょう?

あの作品に出会えただけでも、私は生まれてきてよかったなあと感じました。
劇場で見られた私たちは幸せですよね〜
ああ、今すぐもう一度観たいほどに素晴らしい〜
Posted by kanaliya at 2007年09月27日 20:18
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