2006年09月02日

頑張る原動力は、不安と恐怖

こないだ、田舎に帰って、初めて父とサシで飲みました。

その時、真っ赤な顔で上機嫌な父が自慢げに言いました。
「カナリヤに水泳を教えたのは俺だ!」と。

ん?
そうだっけ?そんな覚えはないけれど。。と思っていると
「技術じゃなく、水に入る勇気を教えたんだ」
と付け加えました。

ああ、そういえば。。

小学校4年のとき、私はプールの水に顔をつけるのが恐ろしくて、全く泳げませんでした。恐怖でからだがこわばっているので、水に浮くことも出来ないし。

夏休みのある日、父にプールに連れていかれて、無理矢理泳がされたのです。




クロールとか平泳ぎとか、何かを習った記憶は全くありませんが、とにかく泳げない私にヒステリックに腹を立て、怒りまくる父がとても恐ろしかったことだけは覚えています。

「水よりも俺に怒られるのが恐くて、お前は泳げるようになったんだ」

と、自慢げに言う父。

以前はそんな父を軽蔑していましたが、こないだは素直に、ああ、そうだなあ、と思えました。
運動音痴の私にとって、水泳は唯一、得意とは言わないまでも、人並みにこなせるスポーツ。
それは確かに、父のおかげだなあ、と。

父のおかげといえば、
私は父が恐くて、恐い父と暮らすのが嫌で嫌でたまらなくて、で、今、東京で一人暮らしをしています。

今でこそ、どんな職場に行っても、ある程度役に立てる自信がありますけれど、最初からそうだったわけじゃありません。
社会人1年生の頃の私は、今とは全く違って、どんくさくて世間知らずで、何にもできなかった。
会社だって恐くて大嫌いな場所でしたが、父のいる家よりは何倍もましでした。

家に帰らなければならない不安や、父と暮らす恐怖がなかったら、社会で頑張り続けることはできなかったろうと思います。

たぶん、私は不安や恐怖に負けて、すぐなまけてしまう人間なんだと思います。
きっと、父という恐怖の存在がなければ、私はなんにもできない人間のままだったんじゃないかと思います。
父が恐い存在でいてくれたおかげで、なんとか、今、人並みに生きていられるのかも。

こないだサシで飲んだときは嬉しかった。
30分で大喧嘩になっちゃいましたけど、それでも。
次帰ったときは1時間くらいに記録を延ばせたらいいな、と思います。


posted by kanaliyahouse at 12:05| Comment(12) | TrackBack(0) | 土星 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
うらやましいなって思いました(^o^)
喧嘩、お父さんと出来ないなぁ・・・。なんていうかお父さんとの接し方が
わからないんです。仕事人間で全然家にいなくて、長い時間話したことなんて
数えるほどしかないかも・・・。
kanaliyaさん、次回ぜひ記録更新してくださいね☆
Posted by pizzicato at 2006年09月02日 17:52
高校生ぐらいの時、大人になったらいつか父と飲みに行きたいなと思った事がありました。
生活は共にしていても、心が通う瞬間があまりなかったような。
そしてそのままになってしまったのです。
父の想いを少しでも感じておけばよかったなあと思ってもあとの祭り。。

「怖い」といっても中身はいろいろありますよね。
kanaliyaさんとお父さんはちゃんと繋がっているんですよ。
つぎは25分かもしれないけど(笑)
是非また飲みに行ってくださいね。。
Posted by caerulea at 2006年09月02日 18:44
♪pizzicatoさん、コメントありがとうございます。

>長い時間話したことなんて
数えるほどしかないかも・・・。

意外です。
pizzicatoさんのご家庭はとてもうまくいっておられる印象を持っていたので。。

けれど、一番近くて遠い異性が父にとっては娘であり、娘にとっては父なのかしら、とも思います。
お互いから逃げられないし。

>kanaliyaさん、次回ぜひ記録更新してくださいね☆

うう〜
そうですね。
記録に挑戦できるのもまた、幸せなことですものね。


Posted by kanaliya at 2006年09月02日 20:06
♪caeruleaさん、コメントありがとうございます。

あ、今回は家で飲んだのです。
すみません、説明が足りなくて。。
弟夫婦は別室にいて、母も台所にいたので、茶の間でふたり、父特製の芋焼酎の牛乳割りを飲みました。

父の飲むものなんて、何も飲みたくないと思っていたのに、試してみたら、焼酎の牛乳割りはミルク臭さも焼酎臭さもなく、喉ごし柔らかでおいしかったです。

チチ(父)とチチ(牛乳)を飲む。
なんちゃって。

>父の想いを少しでも感じておけばよかったなあと思ってもあとの祭り。。

その気持ち、きっとお父様はわかってくださっていると思いますよ。
私だって亡くなった先生はきっと、わかってくれていると信じているし。
Posted by kanaliya at 2006年09月02日 20:29
そうなんですか〜。
そういえば家の姉妹が泳げるようになったのも父のおかげだったなぁ〜と思い出しました。
父が海で無理やり沖に連れて行ってそれで離すんです。
大丈夫だから、、、。と言うんですけど、、。
まぁそれまである程度は泳げていたんだけど、必死で父を追いかけているうちに上手に泳げるようになりました。
昭和1ケタの生まれの人って愛情表現がとても下手ですよね。
しかもとても大変な時代に生まれているから、自分もまた愛に飢えたまま育っている人が多いようです。
私の父もパパのお義父さんも、、、。
みんなそうでした。
でも、kanaliyaさんのお父さんは幸せですね。
kanaliyaさんと分かち合って飲む時間を持てたんですから
Posted by nakamama at 2006年09月03日 00:42
私にとっての母親と同じ存在ですね…
毎日終電が苦にならなかったのは母親のおかげなのかな…
でも、少しずつ記録を伸ばしていってくださいね。
実はそんなのも愛情表現のひとつだったんだって事になるかも…?
Posted by あき at 2006年09月03日 00:48
私も、実家は、常に火宅の家でしたよ(笑
だから、私も、高校卒業と同時に家を出ました
それから、またひと悶着あって、20年間、父とは音信不通でした
本当に、最近なのです 今の関係になったのは・・・
だから、理解できますよ!
ただ、親は、間違いなく、歳をとっています
(これは、私達、子供にも言えるのだけれど・・・)
お父様、kanaliyaさんのことが、心配だし、可愛いのですね!
この記事で、伝わってきました
少しずつでも、歩み寄ってみてくださいね
だって、後で、後悔するの、嫌ですもの・・・
Posted by マロニエのこみち・・・。 at 2006年09月03日 02:41
私も、父は苦手でした。すぐ、怒鳴らればかりでうんざりでした。それでも、墓参りを欠かさないようにしています。

私が、年を取るとともに父の姿がさまざまに思い出されます。
Posted by OIL at 2006年09月04日 06:49
♪nakamamaさん、コメントありがとうございます。

>父が海で無理やり沖に連れて行ってそれで離すんです。

ひえええっ!
そ、それはすごいスパルタですね〜
うちの父よりずうっとすごいっす!

>昭和1ケタの生まれの人って愛情表現がとても下手ですよね。
しかもとても大変な時代に生まれているから、自分もまた愛に飢えたまま育っている人が多いようです。

そうですね。
今、ヒロシマで学んだこととか、その後の時代のこととかを考えることが多いです。
父が育った時代はとても大変な時代だったことを、日々感じています。

私はとても恵まれていて、これからも父との関係を紡ぐことができます。
それがつらい日もあるけれど。。

それでも、つらさを感謝に変えることができる日が来るよう、がんばりたいと思っています。

お返事遅れてすみませんでした。
Posted by kanaliya at 2006年09月06日 06:36
♪あきさん、コメントありがとうございます。

そうでしたね、あきさんにとってはお母さまが。。

>毎日終電が苦にならなかったのは母親のおかげなのかな…

うう、そう言われると苦しい。。
かわいそうに、あきさん、毎日終電だったのですね。。病気になっちゃうよううう。

>でも、少しずつ記録を伸ばしていってくださいね。

今日、父とまた飲め、と言われたら、ノーサンキューですが、3ヶ月後くらいには、また行けるように気持ちが復活してるといいなと思います。
がんばりまっす。

お返事遅れてすみませんでした。

Posted by kanaliya at 2006年09月06日 06:43
♪マロニエのこみち・・・。さん、コメントありがとうございます。

まあ、マロニエのこみち・・・。さんも同じだったのですね。。

>20年間、父とは音信不通でした

に、20年も。。
私よりずっとすごいです。
私は音信不通ってことはありませんでした。
音信不通にしたい、って思ったことはあったけれど、できませんでした。

それを乗り越えての今の関係なのですね。。

>ただ、親は、間違いなく、歳をとっています

少し前まで、そのことが一番、許せないことでした。
年をとって、父は若干穏やかになり、昔、私たちにしたこととか、自分が吐いた暴言などを、どんどん忘れて、あるいは勝手に事実を自分の都合のいいように変えて覚え込む。

自分の言ったこと・行いの責任をきちんと取らないまま、死んでいくつもりなのか、と。

けれど、今は、私は父の裁判官ではないことを悟りました。

>少しずつでも、歩み寄ってみてくださいね
だって、後で、後悔するの、嫌ですもの・・・

はい。
父と同じものを飲むなんて、昔の私には考えられないことでしたが、飲んでみれば案外おいしかった。
少しずつ、こだわりを捨てて行けたら、と思っています。

お返事遅れてすみませんでした。
Posted by kanaliya at 2006年09月06日 06:57
♪OILさん、コメントありがとうございます。

>私も、父は苦手でした。すぐ、怒鳴らればかりでうんざりでした。

まあ、穏やかなOILさんのお父様が怒鳴る方だったとは意外です。

すぐ怒鳴られてしまうと、萎縮してしまいますものね、どんなにおつらかったかと思います。

>私が、年を取るとともに父の姿がさまざまに思い出されます。

思い出される度に、お父様とお話しなさっているのでしょうか。
きっと以前にはできなかった深い会話を、言葉ではなくこころで、なさっておられるのではと感じました。

お返事遅れてすみませんでした。
Posted by kanaliya at 2006年09月06日 07:04
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