2005年07月18日

朝のゼリー

夢も見ず眠る子を持つ幸せに朝のゼリーを水に冷やしぬ

久田美知歌集 『翔ぶものは翔びたたしめて』より


この句は作家の久田恵さんのお母さま、久田美知さんの作です。
夢も見ずに眠るこどもは、久田恵さんでしょうか、それともお兄さん、お姉さんでしょうか。

久田美知さんは64歳で脳血栓で倒れ、介護の必要なからだになられました。
そして、2000年5月に他界。


今日、久田恵さん原作の映画『母のいる場所』を観てきました。
寝たきりのお母さま、つまり久田美知さんを10年間在宅介護され、その後老人ホームに入れられた、久田恵さんの実体験が描かれた映画です。

主役の紺野美沙子さんはもちろん、久田恵さんがモデルの役どころですが、私には、介護する久田恵さんはもちろんですが、介護されるお母さまも、もうひとりの主役に感じました。

お母さまが倒れてから、旅立つまでの物語。
その12年半という月日。

今まで自分が世話をしてきた夫や娘から、世話を受けなければ生きられない事実。
監督の槙坪夛鶴子さんはご自身は車いすに乗らなければ生活できないからだでありながら、お母さんの在宅介護もなさっている方ですが、槙坪さんのお母さんはどうしても、娘から世話を受けている、ということを受け入れることはできない、と仰っていました。

24時間、娘から介護されているにもかかわらず、自分が娘を世話していると思っている、と。
そんなに簡単に客観的に、ひとは自分の身の変化を受け入れることはできないのかもしれない、と思いました。

けれど、原作本と映画を見る限り、久田美知さんはご自身の状況を正確に受け入れておられたように感じます。うん、きっと、全部わかっておられた。
そして、夫や娘や老人ホームや、いろいろなひとたちのおのおの微妙に違う介護を全て受け入れてこられた。
すごく、我慢強い方だったそうです。

私にももうじき70歳の両親がいます。
もしかしたら、明日にもふたりのうちのどちらかが倒れて、私も介護しなければならなくなるかもしれません。
だから、今まで介護というと、介護することばかり考えてきました。
でも、介護される側にだって、介護されなければ生きられないということの悲しさや苦しさがあるのだなあとはじめて考えました。

映画とトークの後に買った、久田美知さんの句集には、映画とはまた違ったお母さんのみずみずしい感性が溢れていて、不思議な気持ちになりました。
動けないからだ、もの言わぬ口の奥に、こんな優れた感性が、眠ることなく活発に活動しているのだとしたら。

句集には「朝のゼリー」のような優しい目線の句ばかりではなく、次のような、ぎょっとする句もあります。

飼い馴らし飼い馴らされてわが裡に獣は眠る冬はひそかに

久田美知さんの中の獣も、一緒に旅立つことはできたのでしょうか。
そして文才に恵まれて、こんな句を残せたひとは幸せだと思いました。

うちの母なんて、一体何が残せるのだろうと思ったら、少し悲しくなりました。


posted by kanaliyahouse at 22:39| Comment(12) | TrackBack(0) | お母さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
何かを残せる物があるのは、うらやましい様な気がしますね。
私が死ぬ時は何が残せるのだろう・・・・・
もし良い物が残せないなら、せめて悲しみは残さないで逝きたいと思います。
Posted by メガヒゲ at 2005年07月18日 23:11
世間の人に知れ渡るだけの才能には憧れますが、わが子を必死で愛しぬく深く強い母親の愛情は、名前こそ歴史に残らなくてもkanaliyaさんの中にしっかりと植えつけられて、そこからまた、他の人に受け継がれていっているんだと思います。
人として生まれて、そうやって遺していけるのならば本望だと思いますよ。

Posted by nakamama at 2005年07月19日 01:09
♪メガヒゲさん、コメントありがとうございます。

>もし良い物が残せないなら、せめて悲しみは残さないで逝きたいと思います。

メガヒゲさんが旅立ったら、みんな大泣きするに決まってますよ。
でも、それは悲しみとは少し、違う気がします。
もちろん別れは悲しいけれど、楽しい思い出がいっぱいあれば、必ず悲しみは癒される気がします。

きっといつまでも悲しいのだとしたら、悲しみを癒すだけの楽しい思い出が足りなかったんじゃないかと思うのです。

Posted by kanaliya at 2005年07月19日 20:17
♪nakamamaさん、コメントありがとうございます。

私はもしかしたらこどもは残せないかもしれないから、私の死と一緒に母がいたことも消えてしまうのじゃないかと思って、悲しくなってしまったのです。

だから母には、私なんかを愛すのではなくて、自分の好きなことを、今からでもいっぱいやってほしいと思うのですが。。

Posted by kanaliya at 2005年07月19日 20:23
愛情って子供にだけ注ぐものではないじゃあないと思います。
kanaliyaさんが友達を愛する気持ちも、こうやってブログの仲間を愛する気持ちも同じだと思います。
kanaliyaさんの優しさはそうやって受け継がれても行くんだと思います。

>私なんかを愛すのではなくて
まさか!
「なんか」なんていう存在ではないですよ!
愛したくて愛したくて仕方のない命より大事な存在ですよ!
本当にいいお母さんですね〜。

さっぱり過ぎる実母を持つ私には羨まし過ぎます。
少しは自分や姉、妹のことより私を愛するひと時があったら、私ももう少し素直だったのかも、、などと思います。(ひがみ入っているかも)
Posted by nakamama at 2005年07月19日 20:30
♪nakamamaさん、コメントありがとうございます。

一緒に暮らしているときには、全然思わなかったのですが、離れてみると私の母は、とても優しくてみんなから羨ましがられます。

私も母のように芯から優しくなりたいのですが、そうはなれずに苦しい思いをすることが多いです。
ついね、怒りや不機嫌を外に出してしまう。。
大人として、恥ずかしいことです。

>「なんか」なんていう存在ではないですよ!
愛したくて愛したくて仕方のない命より大事な存在ですよ!

涙が出ました。
今もコピーして貼るとき、文章を読んでしまい、また泣いてしまいました。

とても嬉しいです。
ありがとうございます。


Posted by kanaliya at 2005年07月19日 21:08
メガヒゲさんとnakamamaさんと、kanaliyaさんのコメントを読んで泣いてしまいました。
伝えたい気持ちがいっぱいあるのに、どうしたらいいのかわかりません。

kanaliyaさんも、nakamamaさんもメガヒゲさんもいつも色んなものを残してくださってますよ。

そして、そんな皆さんが私は大好きです。
でも、もし何も残してくださらなかったとしても(仮にです!!)それでも、やっぱり大好きです。

Posted by ひまわり at 2005年07月19日 21:47
♪ひまわりさん、コメントありがとうございます。

泣かせてしまってごめんなさい。
でも、コメント欄まで一生懸命読んでくださってありがとう。

ひまわりさんが私にいつもしてくださっているようなことを、私がひまわりさんにできているのか、不安になることがあります。

いつも、ほんとにありがとうございます。
Posted by kanaliya at 2005年07月19日 21:55
^^kanaliyaさんに;
kanaliyaさんをキチンと残されています。

十分ではないでしょうか。それぞれの親子がおられます。比較することはないと思います。誇りに思っていただいてよろしいのでは。

僭越ですが。
Posted by OIL at 2005年07月20日 00:47
♪OILさん、コメントありがとうございます。

短くて、でも強いコメントです。
ずきりときました。

母から渡されたバトンを、私が私の勝手で、ばりばりと食べてしまったような気がしています。
それが苦しい。
母だけでなく、連綿と続いてきた命のバトンを、私が食べてしまったような気がして。。

でもそれは、ひとと比較しているからなのでしょうか。
Posted by kanaliya at 2005年07月20日 21:56
ばりばり食べて、次へのはず。今生きている私達は、次代へのバトンを渡す役割を持っていると思います。その伝え方は、それぞれだと思います。それでよろしいのでは。
Posted by OIL at 2005年07月21日 00:43
♪OILさん、コメントありがとうございます。

>ばりばり食べて、次へのはず

次へ、どうやって何を残せるのか。
いままで、自分はもうだめだと思っていました。
少し、考えてみます。

ありがとうございます。

Posted by kanaliya at 2005年07月21日 20:12
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